『賢者ナータン Nathan der Weise』 あらすじ

市川明さんによる、今、日本で一番くわしい『賢者ナータン』のあらすじです。
良い本というのは、あらすじを知っていても楽しめます。
演出家や俳優、関わるスタッフ全てがその作品をどのように解釈し、向き合い、表現するかというのも、
上演の魅力の一つだからです。
こちらも劇場へお越しになる電車の中ででもご覧いただければ幸いです。
さあ、ドイツ古典劇の世界へようこそ!

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『賢者ナータン』のあらすじ(文:市川 明)

『賢者ナータン』には「5幕の劇詩」という副題が添えられている。韻文で書かれた3849行からなる大作で、実際に演じれば4時間を超える。ドイツで上演されるときはだいたい2時間半ぐらいに縮められているが、それでも長い。細かな分析に入る前に、まず大まかなストーリーを紹介しておきたい。
キリスト教徒とイスラム教徒とが激しく争う十字軍の時代、12世紀末の聖地エルサレムが舞台になっている。1192年にイスラム教国の王サラディンとキリスト教の十字軍との間に3年間の停戦協定が結ばれるが、その当時の状況をほぼ反映した形で作品は進む。もちろんユダヤ教、キリスト教、イスラム教はすべて一神教であり、日本のような多神教を基盤とする宗教文化と根本的に違うことは言うまでもない。

【第1幕】
エルサレムの富裕な商人であるユダヤ人のナータンは、バビロンへの仕事の旅から帰るが、留守中に家が焼け、養女のレヒャが神殿騎士によって救出されたことを知る。この神殿騎士は、イスラム教国の王サラディンの捕虜になった20人のうちの一人で、全員処刑されるはずが、サラディンの弟君に似ているという理由で、ただ一人恩赦になっていた。
サラディンの宮殿で金庫番を務めるイスラム教の托鉢僧アル・ハーフィは、困窮する王のためにお金を融通するようナータンに頼むが、断られてほっとする。アル・ハーフィはこの国を脱出し、ガンジス川のほとりで自由な生活をしたいと考え、ナータンを誘う。
総大司教の委託を受けたキリスト教の修道士は神殿騎士に、サラディン側の軍事機密を探り、総大司教の手紙を十字軍のフィリップ王に届けるよう指令する。サラディンの恩赦で命を救われた神殿騎士は、この頼みを退ける。

【第2幕】
宮殿でサラディンは妹のシッタとチェスをしている。お金を賭けたチェスだが、彼は集中できない。頭にあるのは、敵との和議である。アル・ハーフィは負けそうな王を守ろうとするが、サラディンには勝つことは重要でない。シッタもチェスで勝ったお金をサラディンの金庫にこっそり返している。
レヒャはしだいに神殿騎士への思いを募らせる。ナータンと会った神殿騎士はクルト・フォン・シュタウフェンと名乗る。ナータンは旧友ヴォルフ・フォン・フィルネクと神殿騎士との関係を予感し始める。

【第3幕】
キリスト教徒ダーヤの最大の望みは、レヒャをキリスト教徒の手に渡し、レヒャに付いて自分もキリストの国、ヨーロッパへ帰ることだった。神殿騎士に対してレヒャは感謝の言葉を述べる。神殿騎士にはレヒャに対する愛情が芽生えている。
ナータンからお金をせびり取ろうとして、サラディンはナータンに難問をふっかける。「どのような信仰、どのような律法がいちばん正しいのか?」と。ナータンは三つの指輪をめぐる寓話を話し、これに感嘆したサラディンはナータンに友だちになってくれるよう頼む。
神殿騎士はナータンにレヒャへの結婚を申し込むが、ナータンが即答を避けたことに当惑する。ダーヤは騎士に、「レヒャはナータンの実の娘ではなく、キリスト教徒だ」と打ち明ける。

【第4幕】
総大司教の「忠告」を得るため、神殿騎士がやってくる。彼は「一人のユダヤ人が、キリスト教徒の子どもを育てることが許されるか否か」を総大司教に問う。総大司教は、「そのユダヤ人は焚刑だ」と返答する。
ナータンからの「大量の袋」のお金が、サラディンの宮殿に運び込まれる。その間に二人は自分たちの兄弟であるアサッドのことを思い出す。騎士が王のところへ姿を現し、ユダヤ人のナータンが、キリスト教徒の子であるレヒャへの求婚を認めないと苦情を言う。
 ナータンを訪れた修道士は、自分は18年前に生後一、二週間の女の子をナータンのところに連れてきた馬丁だと言う。子どもの父親はヴォルフ・フォン・フィルネクといい、子どもの母親が死んだときこの父親から預かったのだった。修道士は、亡くなった父親のものである一冊の本を持っていた。

【第5幕】
神殿騎士は総大司教に多くを話したことで悩んでいる。彼はダーヤがレヒャのことを明かしたとナータンに語り、レヒャを救うためには「私にお嬢さんをくれるしかない」と迫る。ナータンは王のところへ付いてくるように、そこでレヒャの兄に会えるから、と言う。
レヒャはシッタのところに行き、暖かく迎え入れられる。「レヒャがキリスト教徒の子で、ナータンは実の父親ではない」とダーヤが言いふらしたことで、父親を失うかもしれないとレヒャは嘆く。入ってきた王がレヒャに、ナータンはずっと父親のままだと約束する。
最終場。ナータンと神殿騎士が王のところに到着し、主要な人物、三つの宗教を代表する人物が勢ぞろいする。レヒャと騎士は実の兄妹で、父親は失踪したサラディンの弟アサッドだったことがわかる。サラディンとシッタから見れば、二人は甥と姪に当たる。そして血のつながりはないが彼らはみなナータンとは精神的な親族である。すべてが抱擁を交わすうち幕となる。

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